イガイガの丹沢放浪記

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zoom RSS 白馬尾根1350m、「銀河」捜索隊の足跡を追う

<<   作成日時 : 2013/10/12 23:00   >>

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鬼ヶ岩北東尾根、通称「白馬尾根」の本谷沢側に、二箇所の長いトラロープがあり、本谷沢出合まで導くように続いているのは、丹沢の裏街道好きの皆さんならご存知であろう。
このトラロープ、今ではあたりまえのように“魔法のロープ”などと言っているが、もちろん俗称で、記憶が正しければ2003年頃、マシラさんがHPの中で「丹沢一のトラロープ」として紹介し、“魔法のトラロープ”とつぶやいたのが最初だったと思う。

それはさておき、この“魔法のロープ”、いつごろ誰が付けたのだろう。縛ってある木の食い込み具合からみて、3、40年は経っているものと思う。登山道からは遠く離れているので登山用とは考えられない。植林地帯よりも上にあり、山仕事用としてもちょっと考えにくい。となると、いったい何のために設置したものかは謎であった。
しかしこれを「銀河」墜落現場捜索と結び付けるとどうであろうか。「銀河」の捜索隊は、魔法のロープを登り、白馬尾根をトラバースして中ノ沢乗越沢のトラロープに至った。こんな仮説を立て、それを立証してみようと“凝り性仲間”のMASAHIKOさんと魔法のロープと白馬尾根を巡る検証に出かけてみることにした。

魚止橋[6:58]…雷平[7:44]…早戸大滝[8:15]…本谷沢[8:24]…左岸下の魔法のロープ[8:32]…上の魔法のロープ[9:20]…白馬尾根[9:29]…1350mトラバース[9:47]…鬼ヶ岩沢横断[10:35]…中ノ沢乗越沢魔法のロープ[11:09]…『銀河』墜落現場[11:24/12:32]…鬼ヶ岩[13:08]…蛭ヶ岳[13:36/13:52]…市原新道…雷滝[14:43]…雷平[15:00]…魚止橋[15:44]

画像蛭ヶ岳の山腹に眠る旧海軍爆撃機「銀河」。
墜落現場は主脈登山道から標高差でいえば150m〜200mの地点ではあるが、立っているのがやっとの傾斜地、誰でもが容易に近づける場所ではない。
33年前、事故機が発見された後に行われた捜索活動は、地元津久井署員ら(当時)を中心に、初回探索におよそ60人、二度目の捜索は40人以上が動員されて大々的に行われている。
しかし、いかに屈強な警察官たちといえども、中には山に不慣れな者もいただろうし、それにもまして、山はまったく素人の新聞記者や機材をかついだテレビ関係者も同行している。そんな彼らが一緒で、危険な沢や四つん這いで登るような尾根を歩いたとは思えない。捜索後に、回収した散乱物を持ち帰ったことを思うとなおさらで、それなりに歩けるルートを確保したのではないかと想像できる。

二度にわたる捜索活動に動員されたのが60人と40人とすると、これだけの人数が往復しただけで、単純に200人が歩いたのと同じである。踏跡ができて当然、立派な道になったとしてもおかしくない。捜索隊がどういうルートをたどったか、地形図とにらめっこしても本にある記述だけでははっきりしない。MASAHIKOさんも同様のことを考えていたらしいが、発想は彼が一枚上手、白馬尾根の魔法のロープと中ノ沢乗越沢にあるトラロープを結びつけて考えていたようだ。


画像魚止橋からお決まりのコースで早戸大滝へ。
四季折々、様々な眺めを演出してくれる早戸大滝だが、今年の秋はまだまだといった様子、きょうは下から眺めるだけにして、さっそく本題である。

まずは大滝沢分岐から本谷沢に入り、ゴーロの沢を乗り越えて200mほど奥まで進んでいくと左岸の大岩の陰に魔法のロープの取付き場所がある。
ザレた斜面に同化したトラロープはちょっとみつけにくいが、目を凝らしてよくみればそれと気がつくだろう。ここから標高差にして90mほどをロープにつかまり登っていく。
このトラロープを登りで使ったのは初めて、急斜面に長々と続き、かなり辛そうに思えたが、ロープ頼りに登っていくと、思ったより楽にロープの設置地点に着いた。
しかしここはまだ白馬尾根の支尾根。次の魔法のロープまで急勾配を登っていかねばならない。
上のロープはすぐに見つかるだろうと思ったのだが、下から探しながら行くと意外と目に入らないものだ。二人でキョロキョロしながら、ようやくロープの末端を見つけ出したどっていく。
この上の魔法のロープは、登りはもちろん急傾斜の手助けになるが、下りで使う場合は下降方向を間違わないように導く役目もしているようである。

 ▼大滝沢分岐から200mぐらい奥へ入った左岸大岩の陰
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 ▼ロープの食い込み具合、古さから3、40年は経過している
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 ▼急斜面を登るのにロープがあるとないとでは大違い
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 ▼進む方向も間違わない
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本谷沢左岸から魔法のロープを使って白馬尾根に登ってくると、1340mあたりの自然林とカヤトの境目にたどりつく。
ここから右水平方向に回り込んでいくと、カヤトを押し分け進んでいける踏跡が続いている。
高度を保つように水平にたどっていくと白馬尾根を横切って反対側のカヤトと自然林の境目に来た。仮説の一歩はクリアだが、これぐらいは偶然ということもある。

 ▼白馬尾根カヤトとの境目、ロープの最上端
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 ▼カヤトの中に続く踏跡
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 ▼白馬尾根1340m付近を横切る
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ここからは気合を入れて探さないと、単なる危ないトラバースで終わってしまうかもしれない。
カヤトを抜けだしたところをさらに水平に進んでいくと、最初の沢の切れ間にぶつかった。
真っ直ぐは進めない。こんなに早く仮説は崩れてしまったかと、心が折れそうになっても、執念深い二人のこと、そう簡単には諦めず、どこかに絶対あるはずとの信念で、それらしいところがないか探してみる。
ただのケモノ道や自然にできたバンドがみんなそれらしく見えてしまう。
最初の見極め次第で結果が大きく違ってくるので、じっくり周りを見回していると、谷間の上部にバンド状のところがあり、水平に続いているようにみえる。
確信はないが、試してみる価値はありそうなので半信半疑でたどってみることにした。

道というにはおこがましいが、径である。すぐに行き詰るかと思っていたが、意外にもしっかり歩ける。トラバース径路の鬼門である沢の切れ間にぶつかるたび、もうここでおしまいかと思っても、うまい具合に水平に続いて歩いていける。
獣道と言われてしまえばそれまでだが、これだけ長くほぼ同じ高度を保って続いているのは、偶然ではないように思う。万人誰もが安全に歩ける道とはいえないが、バリエーションをやっていれば十分許容できるトラバースである。

 ▼白馬尾根、中ノ沢側1350m、それとなく続くトラバース路
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 ▼白馬尾根1350mトラバース、径っぽいのがあるの、わかるかな?
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一番、難関になるのは鬼ヶ岩沢の横断ではないかと思っていたが、その手前の枝沢で少々行き詰った。しかしここも対岸の水平方向にそれらしい跡が見えたので少し下に降りて横断、登り返して続く径を追っていくと一番の難所と思われた鬼ヶ岩沢へスムーズに降りることができた。
右岸から鬼ヶ岩沢の左岸に続く径も、あきらかに続いていて、さらにトラバースを続けると思惑どおり、中ノ沢乗越沢の謎のトラロープがあるガレ場にピッタリたどりついた。

二人して、思わず「やったね!」である。
これだけの急斜面、岩場あり、沢の横断ありのところを、ずっと標高を保ってトラバースするのがいかに困難なことかは、今まで何度も体験して身をもって知っている。ここまでたどってこれたということは、もう偶然とは思えない。
仮説を立証したような気分で達成感いっぱいである。

  ▼鬼ヶ岩沢も無事通過                     ▼中ノ沢乗越沢トラロープ
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しかし、正直なところ、捜索隊がどこをどう歩いたのか本当のことはわからない。これが立証できたところで、たいした意味はないのだが、何かの課題を持って山を歩き、推理するその過程が楽しい。
今回の白馬尾根の1350mトラバースにしても、こんなきっかけがなかったら決して歩くことはなかっただろう。
拘り人間ならではの山の楽しみ方かもしれないが、一度ハマってしまうと抜けられない。それはMASAHIKOさんも同じようである。

このあとはもちろん、墜落現場で新しい発見がないか、二人で探し回ったことはいうまでもない。重複する部分もあるので、細かい部品については前回記事をどうぞ。


写真内枠は國神社遊就館に展示されているゼロ戦の部分拡大写真。
左はプロペラ内を覗いたエンジン部分の拡大写真、現地に落ちていたコードと同じにみえる。
右はゼロ戦の車輪格納部の拡大で、みつけた機体の破片とは箇所が違うが、リベットの打ち方の比較ができる。

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▼主脚の脚柱                           ▼プロペラの減速装置、どちらも同じものらしい
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▼タイヤはブリヂストン製「1000×360常用気圧・・・」と刻印 ▼何かわからないが、対の部品
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一時間以上探し回り、大半は前回探し出した物ばかりだが、新たな発見もあった。そうなると、まだ何かありそうで立ち去り難いが、そうもいっていられないのでそろそろ引き上げることにした。

帰りは鬼ヶ岩に上がり、ちょこっと蛭ヶ岳によってから、市原新道で一気に戻ってきたが、丹沢の紅葉はまだまだ、今年は暖かい日が続いていたので標高の高いところもこれからといった感じである。
きょうは景色など二の次、検証結果に大満足で下山したのはいうまでもない。

MASAHIKOさん、ミッション、クリアお疲れさまでした。
次なる捜索隊もよろしくお願いします。


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話は変わって、ここは厚木飛行場からほど近い、大和駅から歩いて10分ほどのところにある深見神社、その境内片隅にひっそりと「厚木空神社」がある。もともとは、厚木飛行場内に祀られていたのだが、終戦直後、進駐軍に撤去されることを恐れ、深見神社の宮司にお願いし、ここに移したという。今回、何かと縁があったこともあり、ぶらりと参拝に訪れてみた。
深見神社社殿の横に、稲荷神社と並んで、こじんまりとしたお社がある。鳥居に名前のわかる額はなく、横にある石碑は「國社」、すぐうしろの石碑には「雄飛」の文字が彫られていて、何となくそれとわかるのだが「厚木空神社」の文字は見当たらない。進駐軍にみつけられ、取りつぶしを恐れて隠しているのかと思ったが、「國社」の石碑の裏を見ると「厚木空神社」の文字がしっかりと刻まれていた。
蛭ヶ岳山腹の遭難機は厚木三〇二空所属の「銀河」、何となく虚しいが、事故機の搭乗員たちも朝な夕な、勝利を誓ってお参りしていたのだろう。

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2013.10..12(土)

 《今回のルート図》

 前回記事 丹沢に眠る爆撃機『銀河』

 【参考文献】
  海軍爆撃機「銀河」 島津愛介 河出書房新社
  銀河/一式陸攻  雑誌「丸」編集部
  あゝ厚木航空隊  相良俊輔 褐人社

  ※「銀河」の写真及び主脚図は「銀河/一式陸攻」より転用しました
   (写真の機と墜落機は無関係です)

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