アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「探訪」のブログ記事

みんなの「探訪」ブログ

タイトル 日 時
二ノ沢の遺構と休泊所
二ノ沢の遺構と休泊所 明神峠から、水ノ木幹線林道をくだった二ノ沢と三ノ沢の合流地点には謎の遺構があり、以前このブログでも記事にしたことがあった。そのときは思い込みから、ここを「二ノ沢休泊所」と決めつけてしまったが、御料地見廻り役人の宿泊所にしては造りが不自然で、もしかすると誤った情報を発してしまったのではないかとずっと気になっていた。わずかな情報を頼りに、二ノ沢周辺の遺構を探索してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2017/06/24 23:00
墜落したスーパー・コンステレーションの行方
墜落したスーパー・コンステレーションの行方 丹沢山塊には、戦中戦後を問わず幾多の軍用飛行機が墜落し、一部はいまだに回収されず眠ったままになっていることは周知のことである。そのほとんどは、高山域の蛭ヶ岳や丹沢山などに集中しているのだが、比較的里に近い大山の周辺にも激突した米軍輸送機があり、過去二度の探索でも、正確な現場の特定ができずにいた。 今回、三度目の探索で、ようやく山腹に散乱する機体の破片その他を発見、そこが墜落現場であったことは間違いないと思われる。もちろん大半は回収されているので、残っているのは破片や断片、わずかな遺留物だけ... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2017/06/17 23:00
宮ヶ瀬大棚沢の“カネアナ”
宮ヶ瀬大棚沢の“カネアナ” 宮ヶ瀬にある大棚沢、名前の由来となった大棚は宮ヶ瀬湖に沈んでしまい、今はその姿を見ることはできなくなったが、大棚沢には土地の人が“カネアナ(金穴)”と呼んでいた廃坑が今もまだ残っている。 連休最終日、退屈しのぎの高取山への散歩がてら、久しぶりに訪れてみた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2017/05/07 23:00
キュウハ沢のプロペラ探訪
キュウハ沢のプロペラ探訪 戦中、戦後“魔の空域”といわれた丹沢山塊、なかでも蛭ヶ岳や丹沢山の周辺には日米を問わず幾多の軍用飛行機が眠っているようだ。キュウハ沢に眠るエンジンは有名だが、その上流域の一角にプロペラが落ちているという情報を聞きつけ、急きょM氏とardbegさん、nenetaさんの4人で探訪することになった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2017/03/20 23:00
セドノ沢左俣大日鉱山 周辺探索
セドノ沢左俣大日鉱山 周辺探索 トップの写真は試掘の坑道内からトンチンカンを撮った写真です。 山歩きといっても景色のいいところを歩くわけでもなく、ひとっところをウロチョロするだけ 色けのない写真ばかり、やっぱり使う写真はみな同じだね。被写体はそれぞれ違うけど(笑) ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2017/01/14 23:00
女郎小屋沢左岸作業径路探索
女郎小屋沢左岸作業径路探索 2008年8月、М−Kさんの声掛けで始まったニカニカ集会も今回で17回目になるのだそうだ。 今回の開催場所はバリルート好きなら誰しも憧れる女郎小屋ノ頭で、三週間ほど前に下見をかねて訪れたときに歩いた女郎小屋沢出合左岸の作業用径路を,無念にも途中で見失なった。廃路マニアとしては行き先が気になるところだ。集会に参加する前に、この作業径路がどこにどうつながっているのか、検証してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2016/11/03 23:00
大ゴリョウ沢と謎の祠
大ゴリョウ沢と謎の祠 大ゴリョウ沢といってもあまりなじみのない沢の名前だが、早戸大滝に向かう途中、雷平先の左岸に段瀑となって流下している沢といえば分かる人も多いはず。白馬尾根末端の短い沢なのだが、出合からの連瀑はおもしろい。 大ゴリョウ沢で短く遊んだあとは、本谷沢にあるという謎の祠探しが始まった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2016/10/23 23:00
大棚のヤマンバ
大棚のヤマンバ 世附の名瀑、大棚にはヤマンバがいるらしい。 ヤマンバとは深山に住み、夜な夜な出刃包丁を研いで迷い込んだ旅人を食っちゃうという怖ろしいイメージの伝説の老婆。もちろん、そんなのは昔話で、いまどき信じている人は誰もいませんね。もちろん私も信じていません… でもね、いたんですよヤマンバが。ホントだよ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2016/09/17 23:00
キュウハ沢の遺物探索
キュウハ沢の遺物探索 丹沢の沢や尾根を勝手気ままに歩きまわっていると、ときどき思いもよらない過去の遺物や遺構にめぐりあうことがある。今年4月、キュウハ沢を遡行していて偶然見つけた飛行機の主脚もそんなひとつ、あらためて探索好きのM氏と訪れてみた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2016/09/03 23:00
峯坂沢(湯ノ沢)の白と赤
峯坂沢(湯ノ沢)の白と赤 興味深い地図が載っているとM氏から情報をもらい、BAZUさんの「自転車放浪記(足柄縣ブログ)」を見てみると、昭和初期のものと思われる世附山域の詳細な概念図が掲載されていた。当時の様子を思い起こす書き込みもあり、中でも、峯坂沢(湯ノ沢)左岸尾根の「三保金鉱」の文字と小屋のマークが興味をひくところだ。 峯坂沢(湯ノ沢)へは、沢筋の異様な白さが気になり、その正体を解明しようと訪れたことがある。そのとき、沢の中に坑道らしい横穴があるのを見ているのだが、どうやらМ氏、「三保金鉱」との関連が気になるよ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/07/30 23:00
“フネノ平”を探る
“フネノ平”を探る 吉田喜久治さんの「丹澤記」を読んでいると、ときどき知らない地名や呼称がでてくることがある。変遷で一般的ではなくなった呼び名のこともあるが、土地訛りの呼称だったり、別称だったりと、調べても分からないこともある。“フネノ平”もそんな中の一つ、 神ノ川の近くらしいのだが、正確な場所が分からない。気になりだすとほっとけない性分は相変わらず。丹澤記の記述をもとに、自分なりの勝手な推理と推測で、フネノ平の場所を特定してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2016/06/18 23:00
青野原の旧径路を廻る
青野原の旧径路を廻る 昭和4年測量昭和28年修正測量「青野原」に、本日歩行予定のルートをマーカーした図です。 当時はまだはっきり記されている破線の径路、かつて炭焼きや木こりが行き交った生活の要路も、今はさびれて歩く人もいません。そんな忘れ去られた青野原と鳥屋をつなぐルートを探訪してみることにしました。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2016/01/10 23:00
札掛考証林「太郎スギ」と「次郎スギ」
札掛考証林「太郎スギ」と「次郎スギ」 札掛考証林には、幹周りが4m級の大モミがあたりまえに林立し、ケヤキやトチの巨木もふつうに見られます。その理由は次のとおり、物見峠入口に立つ案内板から引用します。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2015/11/29 23:00
ヨモギ尾根の巨ブナ探訪
ヨモギ尾根の巨ブナ探訪 幹周りおよそ5m、ヨモギ尾根の巨ブナです。 もちろん、丹沢山塊すべてのブナを知っているわけではないので、軽々しく“丹沢一”とは言えませんが、それに値する巨ブナであることは間違いないブナです。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2015/11/21 23:00
華厳山の古木鑑定団
華厳山の古木鑑定団 華厳山の西南の尾根に、なんの木か判らず気になる木があります。日立のコマーシャルソングではありませんが、名前も知らない、見たこともない、不思議な木です。 あるとき一人で訪れてみました。しかし未熟者の薄っぺらな知識ではなんの木か識別できません。なんとしても正体が知りたく、花立小僧さん、AYさん、はっぴーさんたちを誘い、謎の古木の正体解明に鑑定団結成です。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2015/09/23 23:00
サガミジョウロウホトトギス 2015
サガミジョウロウホトトギス 2015 9月5日、藤熊川タライ小屋沢水系の某沢と水無川水系の某沢、ふたつの花園を訪れました。 開花時季は一週間程度、限られた場所にしか自生しない希少種ゆえに訪れるタイミングも制限されます。少し早目とは思いましたが天気とのかねあいもあり開花状況を確認してきました。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2015/09/05 23:00
塩水の箒杉と弁天杉
塩水の箒杉と弁天杉 丹沢の巨樹比べシリーズといったところでしょうか。シャレのつもりでやってみた三国山稜の天狗ブナと隠れブナの太さ比べが意外に面白かったので、引き続いての第二弾です。今回は、巨木ひしめく塩水川の流域で「箒杉」と「弁天杉」の古木比べです。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2015/07/29 23:00
三国山稜ブナくらべ
三国山稜ブナくらべ 写真の二本の巨樹は、三国山稜にそびえるブナの古木です。 左は三国山の西側中腹にひっそりとたたずみ、見つけにくい場所にあるので“隠れブナ”と勝手に呼んでいるブナです。右のブナは畑尾山から北西の登山道脇に立ち、天狗さんことハンス・シュトルテさんが紹介して有名になったことから“天狗ブナ”と呼ばれようになったブナです。 どちらも立派で趣もあり、単に幹の太さだけを比較して甲乙はつけられませんが、やはりどちらが太いのかは気になるところです。 気になると放っておけないのは周知のこと。さっそく三国山を... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2015/07/14 23:00
白石峠の旧峠道再検証とシオジ探索
白石峠の旧峠道再検証とシオジ探索 先週、白石峠を西に下り、道志へ至る峠道を踏査してみたが、事前の調査不足は否めず肝心なところでルートを外してしまった。このまま不完全燃焼で終わらすわけにはいかない。家に戻って手持ちの資料をあさってみると何のことはない、古い登山地図に解明のヒントがあった。さっそく再踏査に出かけたのはもちろんだが、まずは昭文社のエアリアを年代順に並べ、白石峠西側の峠道の変遷を少し検証してみることにする。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2015/06/03 23:00
白石峠の旧峠道探索 その1
白石峠の旧峠道探索 その1 信頼できるはずの国土地理院の地形図も地名表記の位置がずれていたり、破線ルートが現状と違っていたりすることが多々あります。加入道山南方の白石峠もその一つで、1307mピークに「白石峠」の文字があり、ちょっと考えれば峠がピークにあるのはおかしいことに気付くはずです。これは明らかに間違いで、実際は北側のコルが白石峠になります。 1307mピークから東側に延びる破線ルートも現状とは大きく異なり違っていますが、今回は西側の廃道となった峠道を道志まで下って検証してみようと思います。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/23 23:00
赤沢の大カツラ、みっけた
赤沢の大カツラ、みっけた はっぴーさんが見上げる大樹は、先週みつからなかった赤沢のカツラです。 リベンジ再訪でようやく見つけ出しましたが、前回どうしてわからなかったのか不思議なくらい自然な場所にありました。勝手な思い込みで反対側の岸を中心に探したのがいけなかったようです。とにかく立派なカツラに対面できて満足、満足でした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/05/10 23:00
またですかぁ…、懲りずに堂平へ
またですかぁ…、懲りずに堂平へ まさか三週連続で堂平行きになるとは・・・ カツラ? シオジ? それともサワグルミ?二転、三転で、どうにもはっきりせずモヤモヤが残ります。樹皮での判別は駆け出しのイガイガには難しく、やはり葉を見ないと自信のある答えは出せません。先週はまだ芽吹いていませんでしたが、そろそろ葉がでてきただろうと、確信の答えを得るため再々度の堂平訪問となりました。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2015/04/25 23:00
鳥屋鐘沢の古木探訪
鳥屋鐘沢の古木探訪 はっぴーさんがカッコよく構えて写している大木は、二年前に早戸川右岸の旧径路を探索したときに出会った鳥屋鐘沢支流の古木です。 ずっと知りたいと思っていた「この〜木なんの木、気になる木〜♪」を解決するため、AYさんと はっぴーさんとの樹木観察コラボです。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2015/03/22 23:00
丸尾の下降路検証と金山歩道
丸尾の下降路検証と金山歩道 丹沢山塊西の端、切通峠から東に延びる丸尾の尾根は、三国林道の延長上にあり、なだらかで歩きやすい尾根なのだが、大棚沢に下降しようと思うと先端は急で結構気を使う下りになる。かつてはそれなりの下降ルートがあったはずと考え、手持ちの資料を探ってみると、林班図に大棚沢に続く赤破線ルートが記されているのに気がついた。ここに径路があるとは考えにくいが、記載されているからには、それなりのルートがあったのだろう。探してみれば痕跡ぐらいは残っているかもしれないと思い、半信半疑ながら検証してみることにした。 ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2014/12/17 23:00
三神隧道の“イボ神様”
三神隧道の“イボ神様” 神縄より玄倉に通ずる三神隧道右側の杉林の中に、高さ六十三センチメートルの石仏がある。土地の人は「いぼ神様」と呼んでいるが、姿は地蔵で、明治四十年二月二十三日と建立の日が刻まれている。 荒縄で三巻きしてしばり、「いぼをとって下さい。とってくれたら縄を解きます。」と唱えて願をすれば、いぼがなおると信じられ、現在も絶えず荒縄でしばられた地蔵が立っている。いぼがなおった時は、縄を解くだけで特別の礼はしないという。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2014/12/15 23:00
神縄往還
神縄往還 神縄往還――炭俵背に馬の行列 中川、世附、玄倉三村が合併して三保村となったのは明治四十二年。そのころ現在の県道はまだなかった。西丹沢の堅い岩盤は村の入口に当たる田ノ入地区で大きく河内川へ食い込み、松ヶ山峠が目の前にたちはだかっていた。そのため、山北町の中心部へ出るには山越えするしか道はなかった。その古い道を三保の人たちは親しみを込めて「神縄往還」と呼んだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2014/11/23 23:00
蛭ヶ岳の米軍機慰霊碑を探る
蛭ヶ岳の米軍機慰霊碑を探る 写真は昭和25年4月、蛭ヶ岳の南斜面に墜落した米軍輸送機の慰霊碑である。 事故から50年たった平成12年、遭難機の操縦士だったジェームス・フェネシーの子息が蛭ヶ岳を訪れ、山荘管理人の協力を得て建立したものだそうだ。 蛭ヶ岳には何度となく登っているが、慰霊碑の存在には全く気がついていなかった。 さっそく出かけて確認し、手を合わせてくることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2014/10/12 23:00
明神山南面、地図にない林道と入道歩道の探索
明神山南面、地図にない林道と入道歩道の探索 小山町と山中湖を結ぶ静岡県道147号を明神峠に向かう途中、右手の大きな鉄塔を過ぎたあたりに、固く閉ざされた林道のゲートがある。気にする人もないが、覗いてみれば道幅のある立派な林道が続いている。地図に記載はなく、どこに続くのかは確認していない。 また、林班図には、水ノ木幹線林道の日向沢橋北側に「入道歩道」の記載があり、ここは未踏である。 気になっていた、これら二箇所の現況を調べてみようと、歩いてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2014/09/27 23:00
マッコ小屋沢
マッコ小屋沢 早戸川左岸支流のマッコ小屋沢。上流は姫次附近を源にする笹ノ沢と八丁ノ頭を源頭にするセイゲンジ沢とに分かれる。右俣であるセイゲンジ沢は単に“清源寺”とも言われ、何となくいわくありげな地名である。きょうはマッコ小屋沢を遡り、セイゲンジ沢を詰めてみようと思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2014/09/06 23:00
サガミジョウロウホトトギス 2014
サガミジョウロウホトトギス 2014 ここ数日9月に入ったような気候が続き、8月下旬から9月上旬にかけてが見頃のサガミジョウロウホトトギスも勘違いして咲いているのではないかと思い、表丹沢の自生地の一つにでかけてみた。シロウトの思惑が当たったのかどうかはわからないが、支度を終えた貴婦人たちが風に吹かれて舞踏会の真っ最中。“水の滴るようないい女”とはまさにこのことか、瑞々しい彼女たちに出会うことができた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 14

2014/08/30 23:00
峯坂沢の白を探る (続編) 
峯坂沢の白を探る (続編)  前回記事の続編を書くつもりなど全く考えていなかったのだが、まだなんとなく引っかかるものがあり、峯坂沢の白の正体にもう少しこだわってみたくなった。 しかし知識のなさはどうしようもなく、素人がいくら考えても結論はだせない。いっそのこと専門家に聞いてみようと「相模川流域の自然と文化」をテーマに活動している平塚市博物館を訪れてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2014/08/07 23:00
峯坂沢の白を探る
峯坂沢の白を探る 水ノ木幹線林道を歩いて世附の奥地に向かうたび、気になっていたのが林道の脇に見える沢床が白い沢だ。周辺の沢は全く普通なのに、この沢だけペンキを流したように白い。いつか調べようと思いつつ延び延びになり、水ノ木幹線林道が通行不能になってからは世附川周辺から足が遠のいていた。 先日、久しぶりに水ノ木幹線林道を歩いてみると、この沢の白さが異様に際立ち、ますます好奇心が煽られる。これはもう源を突き止めてみないと気がすまない。 日をあらためて出直し白さの謎を探ってみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 12

2014/08/03 23:00
棚沢の墜落機を探る
棚沢の墜落機を探る 昨年、AYさん、ardbegさん、山猫さんたち一行が、玄倉川上流箒杉沢支流の棚沢を遡行した際、沢の中で軍用機のものと思われる機体の断片を発見した。戦時中、丹沢山塊に墜落した軍用機は意外と多く、回収されないまま残骸として残っているものもある。棚沢の墜落機について詳しいことはわからず、戦後70年以上たった今、失踪機がそうやすやすと見つかるとは思えないが、手掛かりの一つや二つは発見できるかもしれない。何ごともやってみなければわからない。まずは現地の探索である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2014/05/31 23:00
鍋割峠径、オガラ沢径路の検証(カヤノキダナ山稜北面の尾根徘徊U)
鍋割峠径、オガラ沢径路の検証(カヤノキダナ山稜北面の尾根徘徊U) やっている本人はすごく楽しいのだけれども、それを文章や写真でうまく伝えられないもどかしさ。写真はどれも同じようだし、それを表現できるほどの才能は持ち合わせていないし…、 ということで、自己満足の世界です。ご容赦ください。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 9

2014/05/17 23:00
白石歩道、ニボシ沢径路の再検証
白石歩道、ニボシ沢径路の再検証 丹沢山塊の西の端、世附の山々には正規に認められた登山ルートはなく、このあたりは市販の登山地図を見ても、記載されているのは林道ぐらいなものである。 しかし、勝手気ままにルートを開拓して歩くのが好きな自分にとって、このエリアは宝の山で、かつての古道や、もはや廃道となった旧径路を探しだし、鉄塔管理道や山仕事道とつないで、自分だけのルートを歩く楽しさはやめられない。 今までは、神奈川県サイドからのアプローチにこだわり、遠い印象だった世附の山奥も、山梨県側からのアプローチならずいぶん近いこともわか... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2014/04/19 23:00
頭高山、八国見山、渋沢丘陵探検隊が行く
頭高山、八国見山、渋沢丘陵探検隊が行く 今回は、ゆる〜くまったりの里山歩き。 きっかけは、いつもの居酒屋での酒飲み話だったかな。いきさつは忘れたが、里山を知っている花立小僧さんと里の滝を知っているイガイガがコラボしようってことだったような・・・ で、渋沢丘陵へ行こうということになり、そこへどこから嗅ぎつけたのか はっぴーさんも参戦、良い子悪い子普通の子が「渋沢丘陵探検隊」の結成である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2014/02/11 23:00
伝道〜大平 旧径路の再検証
伝道〜大平 旧径路の再検証 左は昭和四年の陸測図である。地図中の破線ルートは奥野林道が整備される前、鳥屋から大平、伝道をつないでいた径路を示している。 先週はこのルートを忠実に歩いてきたつもりでいたが、この日偶然出会ったMASAHIKO氏から、現在残っている径路は陸測図のルートとだいぶ異なっていると指摘された。とくにアレ沢、マコ小屋沢の横断地点はかなり違っていて、奥野林道の位置もズレているという。 それをわかりやすく示したのがトップの地図で、赤線は先週歩いた径路と奥野林道、黄線が陸測図に記されているルートである... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2014/02/01 23:00
秦野峠と山神峠を結ぶトラバース旧径路を辿る
秦野峠と山神峠を結ぶトラバース旧径路を辿る 先週は下調べもろくにせず、いい加減な気持ちで歩いたおかげで、まったく的外れで不本意な結果に終わってしまった。とてもこのままでは年は越せない。年内にけじめをつけておこうと、自分なりに情報を整理し、標高900m付近をトラバースして山神峠とつなぐ旧径路をあらためて探索するため、秦野峠を訪れた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/12/30 23:00
白馬尾根1350m、「銀河」捜索隊の足跡を追う
白馬尾根1350m、「銀河」捜索隊の足跡を追う 鬼ヶ岩北東尾根、通称「白馬尾根」の本谷沢側に、二箇所の長いトラロープがあり、本谷沢出合まで導くように続いているのは、丹沢の裏街道好きの皆さんならご存知であろう。 このトラロープ、今ではあたりまえのように“魔法のロープ”などと言っているが、もちろん俗称で、記憶が正しければ2003年頃、マシラさんがHPの中で「丹沢一のトラロープ」として紹介し、“魔法のトラロープ”とつぶやいたのが最初だったと思う。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/10/12 23:00
小沢探訪、そして御料林径路再検証
小沢探訪、そして御料林径路再検証 先週歩いた御料林径路をもう一度検証してみたい。AYさんが推奨する小沢も行きたい。 どちらを優先するか決めきらず、いっそ両方一遍に行ってしまえということで、小沢を絡ませ御料林径路を再訪してみることにした。 小沢は稜線まで詰めず前半の核心部だけにして、山神径路で山神峠まで行き、あとは先週と同じく御料林径路の不明瞭箇所を解明しながら歩いてみるつもりである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/10/06 23:00
「山神峠―玄倉川―中ノ沢休泊所」御料林径路の検証
「山神峠―玄倉川―中ノ沢休泊所」御料林径路の検証 吉田喜久治氏の丹澤記に“廃路または廃路に近いもの”としたひとつに、「山神峠―玄倉川―中ノ沢休泊所」を結んだ径路が掲げられていた。 “御料林当時ひらいたもの。いまは補修もしないし、通行者もいない、おそらく道形も消え失せてしまい、通行できないであろう。”とある。 丹澤記が発刊されたのが1983年、当時すでにこんな状況なら、30年以上経った今は痕跡すらないだろうと思っていたが、どうやらそうでもなさそうである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/09/28 23:00
丹沢に眠る爆撃機『銀河』
丹沢に眠る爆撃機『銀河』 まるで、ここだよと教えているように、一本のブナの木にからみつく太いタイヤ。 今から69年前、厚木飛行場を飛び立ったまま消息を断った海軍爆撃機「銀河」のものとされている。行方不明になってから36年後の昭和56年、道を間違え迷い込んだ地元猟師によって偶然発見された。軍関係の記録はほとんどが焼却され、散乱していた機体片からも機を識別できるものはみつからなかったため、搭乗していた3名の身元は定かになっていない。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2013/09/22 23:00
三国山、隠れブナの古木を求めて
三国山、隠れブナの古木を求めて 三国山の山梨県側斜面に、人知れず立つ立派なブナの古木があるというので行ってみることにした。三国山稜でブナの木といえば“天狗ブナ”が有名だが、どちらも見て知っている花立小僧さん曰く、この隠れブナの方が立派なのではないかという。残念ながら、いまだ天狗ブナは見たことがないので何とも言えないが、百聞は一見にしかず、花立小僧さんの案内で、三国山の隠れブナの古木を訪れることにした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2013/06/09 23:00
旧秦野峠道 《完結編》
旧秦野峠道 《完結編》 すでに歩かれなくなった古道や旧径路は、一度探索しただけでは見落としや勘違いも多、く完璧に踏破するのはなかなか難しい。先週歩いた旧秦野峠道もそうで、あとで歩いた軌跡を分析してみると、結構いい加減だったり、不明な点も多く、いまいち達成したという充実感に欠けていた。 もう少し納得のいくものにしたいと思い、再度、秦野峠道を訪れて検証してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2013/03/02 23:00
杉ノ沢径路・田代沢径路、旧秦野峠道を探る
杉ノ沢径路・田代沢径路、旧秦野峠道を探る 秦野峠林道が全線開通する前の、1977年(昭和52年)発行昭文社の山と高原地図を見ると、杉ノ沢右岸に沿って赤の実線が示され、秦野峠を越えた西側には田代沢に沿った赤の破線ルートが小菅沢右岸の塔ノ平まで記載されている。かつては秦野峠を越えて寄と玄倉を結ぶ重要なルートだった古道ではあるが、秦野峠林道という立派な林道が開通してからは利用する者も少なく廃れた道となっている。 歩かれなくなった径路は衰退も早く、崩落箇所は修復されずそのまま、無用の林道拡張工事や無駄な堰堤工事で寸断されて痕跡さえなくなったと... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2013/02/23 23:00
続々・鳥屋鐘沢堰堤道検証(完結編)
続々・鳥屋鐘沢堰堤道検証(完結編) あと一歩、あと一歩がわからずに敗退、あきらめてもどってきたが、やっぱり納得がいかない。 半日あれば余裕で歩けるルートなので、どうせ家にいたってやることのない連休最終日、つながっていない部分の解明にみたび鳥屋鐘沢を訪れた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2013/02/11 23:00
続・鳥屋鐘沢堰堤道検証(本間橋〜リヴァスポット早戸)
続・鳥屋鐘沢堰堤道検証(本間橋〜リヴァスポット早戸) 先回、調子にのって「鳥屋鐘沢堰堤道」などと称し、勝手な推測で鳥屋鐘沢右岸のトラバース径路を検証したが、どうやらとんだガセ情報を発してしまったようだ。実はこの石積みの径路は堰堤工事のための道などではなく、もっと古くからあった由緒ある径路であることがわかった。そのことをふまえ改めて検証のため、今回は本間橋から早戸川に抜ける逆ルートで旧径路の解明をすることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 16

2013/02/09 23:00
鳥屋鐘沢堰堤道の検証
鳥屋鐘沢堰堤道の検証 昭和16年度版ハイキングペンクラブ作成の『丹澤山塊全圖』には、松茸山から早戸川に下り、鳥屋鐘沢中流域に 続く径路が記されている。沢の中でプッツリ途切れていて、なにか中途半端な印象を受ける道なのだが、これが鳥屋鐘沢の堰堤工事に関連して造られた道と考えればしっくりくる。確証があるわけではないのだが、おそらく当たらずとも遠からずであろう。 今もそんな道が残っているのか検証のため、まずは現地を歩いて調査してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2013/02/03 23:00
シモバシラを求め、宮ヶ瀬ダムから高取山・仏果山へ
シモバシラを求め、宮ヶ瀬ダムから高取山・仏果山へ 冬に氷の花を咲かせる“シモバシラ”という珍しい植物があるということは知っていたが、残念ながら本物はみたことがない。 茎が枯れても根は水を吸い続け、気温が氷点下に下がると茎から氷柱が伸びてオブジェをつくるらしい。 草花にはうとく、自他ともに認める植物オンチではあるが、自分が遊びのフィールドにしている丹沢に自生する珍しい植物と聞けば一度はみてみたい。 そんな“シモバシラ”を求めて半原の高取山周辺を歩いてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2012/12/24 23:00
ニカニカ集会前に、辺室林道探索
ニカニカ集会前に、辺室林道探索 唐沢林道が開通して主役の座を譲り、段々と廃れていった辺室林道、地形図にはいまだに破線で記載はあるがもはや完全な廃道である。恒例となったニカニカ集会開始までの時間を利用して、坂尻から物見隧道まで辺室林道をたどってみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2012/11/04 00:00
幻の“木堰堤”を求めて
またまた、大ゲサなタイトルをつけてしまい、内容がともなわずにお叱りを受けそうだが、マニアックな題材のためのキャッチコピーと思ってお許しください。 “木堰堤”なんて今さら残っているわけないと思いつつ、やっぱり行ってみないと気がすまない。 堰堤博士を差し置いての抜け駆けは気が引けるが、斥候役を買って出たと思って奥ノ沢左俣を歩いてみた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 22

2012/10/04 00:00
奥ノ沢で謎の卍印を探る
地形図をみると、明神峠南東1kmの静岡県側山腹にポツンと“卍”マークが記されている。 試しに駿東郡小山町の寺院をネットで検索してみたが、この位置にヒットする寺はなかった。 そうなると俄然気になって放っておけなくなる性分は皆さんご存知のとおりである。 訪れてみれば、期待ハズレでガッカリなのかもしれないが、それならそれでもかまわない。 きょうは丹沢を少しはみだし、謎の卍印の探訪である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 26

2012/09/29 00:00
三ノ沢と明神歩道
世附の一ノ沢流域でやり残している三ノ沢、あまり期待できそうもない沢かと思っていたら、どうやらナメが綺麗な沢であることがわかった。俄然、テンションが上がり、行く気になったが、きょうはもうひとつ気になる課題も片付けたい。 それは以前から挑戦しようと思いながらなかなか実現できなかった、明神峠から三国山稜の中腹をほぼ一定の標高を保ちながら水平に続く明神歩道を探索することである。 きょうの出発地点は明神峠を予定しているので、帰りのルートを考えると絶好の機会である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2012/09/22 00:00
相模上臈杜鵑草 2012
“相模上臈杜鵑草”、この難しい漢字、丹沢ファンなら読めなきゃモグリの「サガミジョウロウホトトギス」 言わずと知れた絶滅危惧の丹沢固有の花である。 毎年訪れていることでもあり、今年の探訪はパスするつもりでいたのだが、やはり季節がくると気になる存在だ。 ちょっとだけ今年の開花状況を探りに、とある沢に出かけてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2012/09/08 00:00
下法行歩道・上法行歩道と富士見歩道めぐり
毎度、恐縮です。 きょうも径路ずくしの地味な山遊び、景色のよいところを歩くわけではなし、ランチタイムを楽しむわけでもなく、歩くところはロクでもないところばかり。 そろそろあきられ、呆れられそうなのも重々承知の上で懲りずにまた同じところを歩く。 こだわって径路を忠実に辿ったところでナニがあるわけでもなく、所詮は自己満足の世界なのもよ〜くわかっている。 でも、やらなきゃ気がすまないのは性分だからしかたがない。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2012/06/30 00:00
“金山歩道”完歩
三年前、s-okさんと辿ったことのある金山歩道だが、そのとき歩いたコースを改めて検証してみると、序盤の部分が実際の径路と違い、忠実に辿れていなかったことがわかった。 完全主義者としては、やり残したようでずっと気になっていたのだが、今回、山オールマイティのkazさんと、人間GPSのAYさんを誘い、金山歩道を再検証してみることになった。 イメージ的にはちょっと危なげなオヤジ三人衆だが、コラボを組めば百人力である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/06/23 00:00
地蔵平周辺漫歩
ちょっとした思惑があり、M−Kさん、kazさんと地蔵平周辺の旧径路を歩くことになった。 お二人は初めてのルートとのことだが、自分はすでに検証済み、きょうは案内役ではあるが廃道探索は一度や二度歩いただけでは完全踏破が難しい。ベテラン二人が一緒ということもあり、曖昧箇所や不明地点の解明が期待できそうだ。そしてなによりも廃道探索につきものの危険地通過が心強い。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2012/06/10 00:00
瀬戸ミチの検証
今年1月、奥山家道(おくやまがみち)を探訪した際、都夫良野から鍛冶屋敷方面に向かう「本ミチ」と分かれ、旧国道246号(現・県道76号)の四軒屋から瀬戸に渡り、酒匂川右岸から山北の平山に至る「瀬戸ミチ」のことを書いた。しかし、どうやら旧246沿いの集落と都夫良野を結んだ道はほかにもあったようで、午後からの空いた短い時間を使い検証してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2012/03/15 00:00
神縄周辺散歩
  このところ、週末の天気には裏切られっぱなし、青空を期待していると、どうしてもテンションが下がってしまう。 こんなときは低山散策で課題探しが一番、神縄周辺で気になっていたところを歩いてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2012/03/11 00:00
湯ノ沢城、中川城、西丹沢の古の城跡を探る
お城といっても、きっと砦みたいなものだったのだろう。 歴史的な資料もほとんどみつからず、今ではなんの変哲もない場所になっていることはわかっていても、実際にそこに立って、当時の匂いをかぎわけ、勝手な想像をめぐらしてみたい。 以前から考えていたことではあるのだが、中川城跡の所在は知っていても、湯ノ沢城がどこにあったのかが、はっきりわからず、ずっと棚上げになっていた課題であった。 『日本城郭体系』なるものがあると知り、県立図書館を訪れて辿りついた文献を頼りに、同じような思いを共有するMASAHI... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/02/19 00:00
奥山家道再訪、瀬戸ミチ、新ミチを行く
先週歩いた奥山家道(おくやまがみち)には、旧来の「古ミチ」と、後世になって造られた「新ミチ」があり、さらに、都夫良野から瀬戸を通って平山に抜ける「瀬戸ミチ」があったことが山北町史の中に書かれていて、古い地形図にも新旧の道がはっきりと記載されている。 先の奥山家道探索では、古ミチを中心に歩いたが、やはり新ミチも気がかり、きょうは瀬戸ミチを辿り、新ミチを探索してみようと思い、再び奥山家道を訪れた。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2012/02/04 00:00
奥山家道(おくやまがみち)と古の城跡巡り
河村城は、山北駅南側の標高225mの城山といわれる小高い丘陵にあり、酒匂川や皆瀬川によって周辺の尾根とは分断された自然の要害をなしていた。戦国期には小田原北条氏の支城として、駿河や甲斐方面からの侵攻に備えた重要な役目を果たしていたようで、河村城から北西の都夫良野の小丘には鐘ヶ塚砦があり、さらに西北西の川西の城山には新城があった。敵方の侵攻などで急を告げるときは、狼煙を上げて合図を送ったらしく、以前からこれらの城や砦を順繰りに訪れ、そこからの展望を見てみたいと思っていた。 ただ訪れるだけでは... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 9

2012/01/28 00:00
地蔵平を廻る旧径路を歩く(権現歩道・日影歩道)
地蔵平近隣に旧径路の検証にでかけようと思っていたところ、ミックスナッツさんが権現径路を歩くつもりでいるということで、屏風岩山や地蔵平周辺の旧径路を一緒に歩こうということになった。 はっぴーさんも参加することになり、みんなの歩きたいところを聞いて計画を立ててみたものの欲張りすぎて後半の予定はカット。一番歩きたかったところが先延ばしになってしまった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2011/12/25 00:00
世附森林軌道スイッチバックと鎌田鉱山探訪
かつて世附にあった森林軌道は、浅瀬を起点に大又沢に沿って地蔵平まで行く浅瀬大又線と、世附川沿いを水ノ木まで続く浅瀬金山線があり、昭和9年に大又線が開通してからおよそ30年間、主に木材搬出で活躍していた。 しかし、昭和38年に廃線、昭和41年には線路が撤去されて、その軌道跡が現在の林道になったということである。 世附川沿いを走る金山線にはスイッチバックがあり、そのことは丹沢に詳しいs-okさんや○福さんの記述で知っていたのだが、一度探索に行ったときは事前の勉強不足で見つからず、以後はほった... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2011/12/23 00:00
檜岳北面旧径路完歩
ようやく実践リハビリを本格開始したM−Kさん、きょうのリハビリコースは玄倉林道散策だそうだ。 ひょんなことから、kazさん、まーちゃんとリハビリ奮闘中のM−Kさんにエールを送りに行こうという話になり、本来ならば一緒に林道歩きで紅葉観賞なのだが、このメンツがそれですむわけがない。ならば檜岳越えで玄倉林道に下降し、どこかでこっそり合流しようということになった。 コースは一任されたので、まーちゃんが登りたいと言っていた滝郷沢二俣界尾根で檜岳へ、そして個人的にお気に入りの檜岳北面旧径路で玄倉林道まで... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2011/11/27 00:00
白石歩道探訪
地蔵平、城ヶ尾峠を結ぶ地蔵尾根を信玄平で交差している水平径路の西側の行き先が気になっていた。 東側は言わずと知れた大滝峠から信玄平に至る旧東海自然歩道の奥野歩道で、こちらは廃道とはいえ、バリエーションマニアには根強い人気があるルートである。 奥野歩道を踏破したあと、信玄平に立って道標の西側に続く径路の行方が気になった人も多いのではないだろうか。 以前一度、信玄平から径路を追ったことがあるのだが、激藪に追い払われあえなく敗退、今回はミックスナッツさんを助っ人に、白石沢沿いの白石歩道から信... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2011/10/29 00:00
富士見歩道完歩 (地蔵平→富士見峠→織戸峠)
富士見歩道は、地蔵平から富士見峠を越えて織戸峠をつなぐ径路で、地蔵平を起点にイデン沢右岸の尾根をからみながら、富士見沢の右岸に沿って富士見峠に至り、さらに上法行沢支流右岸をトラバースするように織戸峠に続いている。 今は歩く人もなく危険も多いすたれた径路、一部を歩いたことがあるもののほとんどは未踏、完全踏破に挑戦した。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2011/10/08 00:00
大杉歩道別ルート、富士見歩道尾根ルート、日影歩道から毛出シ峠
先日、歩いて気になったことや、帰ってから確認してみたくなったことを課題に、また地蔵平周辺を訪れてみた。 もちろん、ネットで検索すれば、それなりの情報が得られるのかもしれないのだが、固定観念にとらわたくない。 まずは自分の目と足で確認してみようと思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2011/09/25 00:00
境沢源流部、サガミジョウロウホトトギス探索
昨日のサガミジョウロウホトトギス探索に気をよくし、きょうはAYさんと二人でタライゴヤ沢上流の境沢源流域を探訪することになった。 連日の山歩きで少々左足が痛むのが心配だが、あわよくば新たなサガミジョウロウホトトギスの群落をみつけようという目論みもあり、開花時期の短いこの花の探索とあっては強行日程もやむをえないところである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2011/09/11 00:00
サガミジョウロウホトトギス 2011
人知れずひっそり咲く、黄色いドレスの貴婦人たち。 人目をはばんだ山奥を好む彼女たちが、綺麗に着飾っていられるのもせいぜい一週間。 そんな恥ずかしがり屋の貴婦人たちに逢うため、今年も秘密の花園を訪れた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2011/09/10 00:00
「諸窪径路」再訪(後編)
ひとには危ない、行くなと言っておきながら、懲りずにまたかよの声が聞こえてきそうな諸窪径路、先月に引き続いての訪問である。 諸窪径路に初めて挑んだのが昨年の10月、大滝峠側からチャレンジしたものの結果は散々で、ほとんど成果はなく失意に終わった。単独での探索に限界を感じ、2度目は助っ人kazさんとともに挑戦するも、見事に撥ね返され敗退。3度目は善六ノタワ側から単独でアタック、若干の手ごたえを感じつつも、靴が壊れるアクシデントで泣く泣く撤退となり悔しさを残した。あらためて完歩を目指した4度目は、... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2011/06/12 23:00
権現山東面、トラバース路探索
先般の諸窪径路探索のきっかけになった、昭和4年測図の地形図には、箒沢の権現山東面を巻くように破線が記されている。 かなりザックリとした地図で、細かな情報は読み取りにくいが、権現山東斜面にはトラバース路があったらしい。 この破線ルートの存在が、ずっと気になっていたのだが、登山ルートを外れれば厳しい地形ばかりの権現山、情報もなく、行きたい気持ちとは裏腹になかなか探訪できずにいた。 しかし、情報がなければ自分で探しに行くしかない。 考えているだけでは何もわからず、行ってみないことには始まら... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 11

2011/02/05 23:00
オバケ径路
何度目かの訪問となるオバケ径路、かつてはオバケ沢林道とも言われ、札掛地区から本谷川上流部へ炭焼きに入る主要な径路だったようである。 炭を積んだ牛も通っていたというので、それなりの道幅があったらしいが今はもう痕跡が残る程度、すでに地図から消えた廃道は修復されることもなく自然に還りつつある。 きょうはそんなオバケ径路の完全踏破を目指し、ここを歩くのは初めてというMASAHIKOさんを案内しての訪問である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2011/01/15 23:00
白樺堰堤
目的なしの気ままな山歩きも悪くはないが、何かの課題を持ってあれこれ探索しながら想像をめぐらす山歩きも面白い。 毎週のように塩水川を訪れ大栃を探し、現地を歩いたあと文献をあさる、そんなことを繰り返しているうちに、新たな興味が湧くものをみつけた。 それは本谷川を訪れれば、誰もが普通に目にしている堰堤なのだが、その「白樺堰堤」と名づけらた堰堤が今回の興味の対象である。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2011/01/10 23:00
新春 塩水川再探索・雪の「尊仏岩」詣で
拙な当ブログをご覧頂いている皆様、遅ればせながら新年明けましておめでとうございます。 本年も昨年同様、勝手気ままな丹沢放浪を続けていく所存ではおりますが、この先どうなることやらです。 好きなことを好きなように自分なりにやってまいりますので、適当におつきあい頂ければ幸いかと思います。 本年も宜しくお願いいたします。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2011/01/04 23:00
大栃の顛末
早とちりの結果、関係各位に迷惑をかけてしまった塩水の大栃騒動だが、このまま「はいどうもスミマセンでした」と引き下がるわけにはいかない。 なにごとも思い込みが強すぎて、根本的な間違いに気づかずに見えなくなってしまうことが多い。 今回も、何となくしっくりこないところを感じながらも、不自然なことは年月の経過によるものと都合よく片付けてしまったような気がする。 もう一度既成の概念を取っ払い、資料を見直して大栃関連の見逃しがないか探してみた。 その結果とんでもない思い違いに気がつき、さらにいく... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 16

2010/12/23 23:00
大栃の混迷
これがホントの大トチリ。 前回紹介の大栃は本来の“塩水の大栃”とは別の栃の木であった可能性が高く、早トチリによりとんだ誤報を発してしまったようだ。 確証が足りないまま記事を載せてしまったことを深く反省し、お詫び致します。 となれば本物はいったいどこに? ということで、予定していたことはすべてキャンセル、また塩水川を訪問し汚名挽回のため大栃探索に向かった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/12/18 23:00
塩水の大栃
丹沢に「丹沢三名木」といわれた名木があり、そのひとつが塩水にある「大栃」だと知ったのは、塩水の「箒杉」を探し歩いたあとのことである。 三名木とは、誰もが認める中川箒沢の箒杉、とっくになくなった札掛の大ケヤキ、そして残るひとつが塩水の「大栃」というのであればぜひ見てみたい。 古い資料をあさってみると、たしかに当時の塩水川遡行記録には必ずと言ってもいいほど「大栃」の記載があるのだが、最近は「大栃」の記述を目にせず、現存しているのかどうかさえわからない。 となればとにかく行動あるのみ、現地の... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 14

2010/12/11 23:00
塩水川の箒杉
丹沢で“箒杉”といえば西丹沢中川の国指定天然記念物「箒杉」があまりにも有名だが、その中川の箒杉とよく対比される塩水川の“弁天杉”の近くにも“箒杉”と呼ばれる古木があることを知った。 樹齢千年といわれる弁天杉よりも若干若く、一回り小ぶりなようだが是非観てみたい。 いずれ折をみてと思っていたが我慢できず、さっそく探訪にでかけた。                                   ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2010/11/27 23:00
諸窪径路 Part5 、ついでに西沢径路完歩
今週末はどこへ行こうかな、なんて考えていたらkazさんからメールが届いた。 ナント、「諸窪のやり残しやりませんか?」だって。 先回の諸窪径路探訪では、あと一谷越えたら完遂というところまで来ていながら時間切れで中断、なんとなく中途半端だったのはkazさんも同じだったらしい。 諸窪径路完結編を書いたすぐあとでちょっと心苦しいが、kazさんがその気ならもちろん願ってもない申し出だ。 諸窪径路をやりとげ、ついでと言っちゃなんだが西沢経路も通しで歩いちゃえというノリで、懲りずに畦ヶ丸である。 ... ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/11/06 23:00
諸窪径路探訪 Part4 《総括編》
先回のPart3で一応のけりをつけたつもりの諸窪径路の探索だが、Part2で探索を共にしたkazさんから思いもよらぬリベンジの申し出があった。 kazさんとの探索では思うような成果が得られず、ほとんど徒労に終わってしまったのが不完全燃焼だったらしく、翌週、抜け駆けで単独探索した際に得た手ごたえが、くすぶっていたkazさんのリベンジ魂に火をつけてしまったようである。 となれば、願ってもない申し出に、いずれ再訪するつもりだった予定をぐっと切り上げ、4週連続の諸窪径路探訪となった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2010/10/24 23:00
諸窪径路(畦ヶ丸径路)探訪 Part 3
性懲りもなく、諸窪径路探訪である。 マニアックすぎて「またかよ」なんて声が聞こえてきそうだが、生来の凝り性な上に納得しないと収まらない性分、気になりだすともうどうしようもない。 前回は助っ人kazさんと探索を試みたものの思うような成果は得られず、一旦あきらめかけたのだが帰り道にみつけた善六ノタワからの径路の名残が気になり探らずにはいられなくなった。 そんな訳で本日は東側の善六ノタワから諸窪径路を追ってみようと思う。                                   ... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 9

2010/10/16 23:00
諸窪径路(畦ヶ丸径路)探訪 Part 2
先週は古の廃道、諸窪径路を西側からの探索で試みてみたものの、沢の源頭付近のトラバースは険しく、径路を探しながらの横断は難行苦行の連続だった。 結局、善六ノタワまで行けずに中間地点で打ち切り、日を改め助っ人kazさんと共に北東側残り半分の径路を探索し、善六ノタワまでのルートを解明しようと勇んで出かけて来たのだが先週にも増しての試練の連続で挫折、いやはや凄いところに径路を造ったもんだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2010/10/11 23:00
諸窪径路(畦ヶ丸径路)探訪 Part 1
“諸窪径路は畦ヶ丸径路ともいい、大滝峠より略々1100mの高度を保って、善六ノタワよりモロクボ沢に降り白石沢出合に尽きる径である。これは畦ヶ丸を中心とするこのあたり一帯が帝室林野庁の所管に属していたころ開かれたものであるが、なぜかこの径はその林野庁所管当時でさへも修理はナオザリ視された結果、段々損傷の度を高めたのである。” 《大戸井健一 昭和17年「丹澤山塊」、dnさん『ドブ鼠徘徊記』掲載より転記 (現行漢字に変更)》               ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/10/03 23:00
「西沢径路」再探訪
先週、権現山から大滝峠までのトラバース径路であった西沢径路を探訪し、一応の目的は果たしたものの、あとでGPSロガーの軌跡を精査してみると、鬼石沢とステタロー沢の間がまったくでたらめで旧地形図に示されたルートをかすってもいなかった。 今度は大滝峠側から歩いてステタロー沢、鬼石沢の間の径路を集中的に探索してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2010/09/26 23:00
西沢径路から大滝峠、そして地蔵平へ
  先日、ひょんなことから昭和初期の陸測図を手に入れることができた。 もらった陸測図は見ているだけでも楽しく、今は廃道となった西沢径路、諸窪径路がはっきりと記されているのが興味深い。 権現山北側から西にトラバースする西沢径路はまだ未踏の箇所もあり、鬼石沢西側から大滝峠に至る径路については存在も不明である。 廃道となり、地図からは姿を消してしまった西沢径路だが徹して歩いてみたく、西丹沢自然教室から地蔵平まで径路探索にでかけた。                           ... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2010/09/18 23:00
“サガミジョウロウホトトギス”2010
9月上旬の短い限られた期間、それも丹沢のごくごく限られた地域に人知れずひっそりと咲く“サガミジョウロウホトトギス”。 丹沢固有の種でありたいへん希少な花なのだが、絶滅が危惧されている花である。 とくに花好き、花キチ、というわけではないのだが、丹沢キチとしては丹沢固有の花や希少な花には興味がある。 3年ぶりに、サガミジョウロウホトトギスの秘密の花園を訪れてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2010/09/11 23:00
“水晶沢”ふたたび
先週歩いた水晶沢に残してきた課題を解決に、2週続けての水晶沢訪問である。 水晶沢890m付近に右から流入している、本流のように沢名が記されている沢の行方について確かめてみた。 右の沢を詰めて辿り着いたのは水晶沢ノ頭とされる1278mのピークで、当然といえば当然だが、そもそもこれが混迷のはじまりのように思う。 その後、出発地点の890m付近まで戻って、あらためて先週歩いた沢を詰め直してみると、辿り着いた場所は旧図では水晶沢ノ頭となっている1278m南西側の1240m圏ピークだった。 ... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/06/12 23:00
「カヤノ木棚」を求めて
思わず「すげぇ〜!」と叫んでしまった大棚、これが探し求めた“カヤノ木棚”なのか? いや、そんなことはもうどうでもいい。 自分の中での丹沢の滝ベスト10、いや、5本の指に入れてもいい大棚だ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2010/05/30 23:00
蓑毛から旧ヤビツ峠道
三連休の初日はシチミさんに誘われ三峰境界尾根周辺のシビレる尾根で山遊び、天候の荒れた連休中日も山のお誘いがあったのだが休養日とさせてもらい、青空が広がった最終日に課題の旧峠道を探訪することにした。 先週も訪れた旧ヤビツ峠だが、きょうは蓑毛の大日堂から北西に登っていく旧峠道のルート探索と、先週、中途半端に歩いてしまった田原地区と旧ヤビツ峠を結ぶ旧峠道の再検証である。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2010/03/22 23:00
大棚沢の金穴(かねあな)
先日、宮ヶ瀬湖畔の鷲ヶ沢を訪れた際、F1の近くに坑道口があるのをみつけた。 おそらく何かの鉱物を採掘していたものと思われるが、これについて調べていたら隣の大棚沢に“金穴(かねあな)”と呼ばれる坑道があることを知った。 その“金穴”が、大棚沢のどの辺にあるのか詳しい場所がわからなかったのだが、奇しくも、kazさん、KATさん、シチミさんたち朝遅隊メンバーが、偶然、坑道口をみつけてくれたので探す手間が省けて大助かりである。 おくればせながら、大棚沢の金穴を探ってみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/02/06 23:00
奥野歩道(旧東海道自然歩道)
大滝峠上から信玄平に続く、かつて東海自然歩道の一部だった奥野歩道は、沢の源流部を横切りながら山腹をトラバースする径路であった。 そのため、豪雨などの度重なる出水で崩落があいつぎ、東海自然歩道としてのルート変更を余儀なくされてしまった。 廃道となり、整備もされないまま20年近くたった現在、荒廃はさらに進み藪も伸び放題のようである。 今はもう、廃道マニアぐらいしか訪れない忘れられた道を歩いてきた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2010/01/30 23:00
さかせ古道(その二) 二本杉峠〜地蔵平
昨日、地蔵平から二本杉峠までの帰り道を、さかせ古道(道志歩道)を使わずにきてしまったのが、何か忘れ物をしてきたようで非常に気持ちが悪い。 やはり、二本杉峠、地蔵平間も、さかせ古道を歩かなければ片手落ち、きょうも引き続いての、さかせ古道探訪にでかけることにした。 当初は予定していなかった山行なので、なるべく短時間の周回コースを歩いてみた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2010/01/24 23:00
さかせ古道(その一) 城ヶ尾峠〜地蔵平
山梨県側から城ヶ尾峠を越え、地蔵平、二本杉峠と経由して中川に至る、いわゆる「三ヶ瀬(さかせ)古道」はまだ歩いたことがなく未踏破の山域である。 車利用の山歩きでは周回ルートが取りにくいという思い込みが理由のひとつであったが、検討してみると距離はあっても登山道と林道歩きがほとんどなので十分に周遊可能であることがわかった。 さっそく本権現から北上し屏風岩山、畦ヶ丸と登って城ヶ尾峠まで行き、地蔵平に南下するルートを取った。 地蔵平からの帰路も、さかせ古道を歩くつもりでいたのだが、まったくの思い... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2010/01/23 23:00
金山沢(桶小屋沢)から本間ノ頭へ
東丹沢中津川に流れ出す桶小屋沢の上流は金山沢といい、その右岸枝沢のマブ沢には信玄の隠し金山とも言われた坑道が残っている。 その存在は知っていたが、気になりつつも、なかなか訪問できないまま今日に至ってしまった。 丹沢にあった鉱山跡はほとんど探訪してきているだけに、やはり訪れないわけにはいかない。 金山沢を遡行し、坑道を見つけたあとは本間ノ頭に登って、久しぶりに本間ノ頭南東尾根を下降してきた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2010/01/09 23:00
“オバケ径路”再訪
札掛から上ノ丸西側の金林のタルを通って長尾尾根北側斜面に入り、ほぼ同一等高線上を水平にたどって本谷川上流オバケ沢に至るオバケ径路は、かつて札掛からオバケ沢に至るには効率のよい径路だったのだろうと思う。 昭和37年発行の「丹沢山塊」には、塔ノ岳への登山ルートのひとつとしても、オバケ林道の名で紹介されている。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2009/12/12 23:00
「山神峠〜雨山峠」径路、再探訪
檜岳と雨山の鞍部には、現在は完全に廃道となった雨山峠と山神径路を結ぶルートがあった。 以前そのことを知り、雨山側から径路の痕跡を探ったことがあったのだが、途中でルートを見失なってしまい下部の径路ははっきりしないままになっていた。 昨日、山神径路を歩いたときに、山神径路にある小さな石碑ががこの径路の入り口を示していたものではないかと思っていたことを思い出し、その真偽を確かめようと山神径路側から雨山へたどってみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/12 21:00
モチコシ沢遡行、そして新たな鉱山跡を発見
丹沢の秘境、モチコシ沢をM−Kさんとご一緒した。 決してたやすい場所ではなく、危険も伴うだけに安易なお誘いはできないが、モチコシ沢の大棚を越え、モチコシ沢を遡行することはM−Kさんの長年の夢であったようだ。 M−Kさんの熱い志を受け、微力ながら念願達成のための補佐役となった。 そしてきょうは神様のご褒美か、源頭近くでのサプライズの出会いと、鉱山跡坑道の新たな発見という粋な演出が待っていた。 (写真はモチコシ沢の大棚、上段の滝) ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2009/09/20 23:00
西丹沢“金山沢”の鉱山跡を求めて
久しぶりの丹沢の鉱山跡探訪シリーズ。 なかなか訪問できずにいた、西丹沢の金山沢鉱山の跡を探しに、金山沢の上流、山伏沢を訪れた。 金山沢の鉱山に関する手がかりは少なく、一度の訪問で見つけだせるかどうかわからないが、ナメの美しさに定評のある山伏沢を歩くだけでも楽しそうだ。 見つけだせれば儲けものという気楽な気持ちで、連休初日の山遊びにでかけた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2009/09/19 18:00
“金山歩道”踏破と水ノ木周辺探索
数年前に営林署で入手した西丹沢の林班図には、切通沢橋から東丸北西の鞍部を乗っ越し、金山沢に至る“金山第一歩道”と“金山第二歩道”が記載されている。 現在どの程度歩ける径路なのかはわからないが、以前より両方を徹して歩くことを検討していた。 しかし、車利用の周回ルートがとりづらく、実現できないままになっていた。 今回ふとしたことからs-okさんとメールのやりとりがあり、公共の交通機関を利用することの多いs-okさんも、バスの路線廃止や乗り継ぎの不便さなどから金山歩道の踏破を断念していたこと... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2009/03/29 23:00
本谷川周辺探訪
かねてよりの懸案事項として課題にしていた三つの事を片付けようと本谷川にやってきた。 まず第一に昭文社のエアリアマップ1977年度版に記載されている上ノ丸から五町歩沢出合に至るトラバース径路の確認、次に蜘蛛ヶ淵沢左岸から天王寺尾根慰霊碑までのルート、さらに天王寺峠から瀬戸橋に下る尾根の状況把握である。 と、勇んで出かけてきたのはよいが、いざ出発の段階で地形図を忘れてきているのに気づきがっかり。 径路さがしは納得いかない結果に終わったが、そのかわり滝好きにとっては新たな発見があった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2008/12/21 23:00
箒沢乗越ふたたび(押出沢旧径路から穴ノ平沢へ)
今週もまた、こりずに押出沢旧径路を歩いて箒沢乗越だ。 先週、途中で雨になってしまいあきらめた、もうひとつの課題の箒沢乗越から仲ノ沢林道の穴ノ平橋まで下るルートがどうなっているのかを探ってみるつもりである。 帰りのルートのことはあまり考えていないが、弥七沢左岸尾根から弥七沢ノ頭に登り、762mを経由して箒沢にもどろうと思っている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2008/09/28 23:00
押出沢旧径路から箒沢乗越へ
先日の押出沢(おんだしざわ)遡行の際、登った尾根の途中を横切っていた径路の行き先が気になった。 おそらく箒沢乗越(ほうきざわのっこし)に至る道だろうとは思ったものの、ほんとうにそんな径路が存在しただろうかと半信半疑。 家にもどって、そのことに触れている物はないか探ってみると、吉田喜久治氏の「丹澤記」の中にそれらしい記述があるのをみつけた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2008/09/21 21:00
「大雷神」再訪
このところ毎日のようにすさまじい雷雨が発生し、各地に絶大な被害をもたらしている。 ちょうど、大山の雷(いかずち)神社が話題となり、情報をネットに公開したあたりからつづいているように思う。 誰訪れることなく、山中でひっそりとすごしていた雷神さまが、最近みょうに来訪者がふえたことにご機嫌をそこねてしまったのかもしれない。 きょうは西丹沢方面に行くつもりでいたのだが、前夜の深酒で寝坊してしまった。 予定を変更し散策がてら「大雷神」をお参りして怒りを鎮めてもらおうと思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2008/08/31 21:00
日向林道から「雷山」へ
昨日、探しきれなかった「雷山(いかずちやま)」を求めて再探索にでかけた。 シチミさんからメールで雷神社の有力な情報をもらい、地図上でも見当がつきながらみつけられなかった腹立たしさから連日の探訪だ。 目的地はきのうと同じ日向林道の終点地点、単調ではあるが日向渓谷から林道を歩いていくことにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2008/08/12 14:00
大山川周辺「雷山」探訪
s−okさんの掲示板に大山の“雷ノ峰(いかずちのみね)”の場所について書き込んだことがきっかけで、明治の文人、大町桂月の書いた「相州の雨降山」という短い文章を知ることになった。 桂月が友人に連れられて大山に登ったときのことを書いたものだが、その中に八段ノ滝から“雷山(いかずちやま)”に登るというくだりがありその場所も気になる。 “雷ノ峰”と“雷山”は同じなのか、それともまったく別の地名なのか現地におもむき調べてみることにした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2008/08/11 19:00
金山谷から蛭ヶ岳西面踏覇
先月探訪して中途半端になったままの、地蔵尾根からミカゲ沢ノ頭北西尾根に至る蛭ヶ岳西面のトラバース径路を、再度確認に行ってみた。 前回は地蔵尾根側から歩き、仏谷小谷の堺尾根あたりまではそれらしき径路を追えたのだがそれ以降見失い、あわや遭難という散々な目にあってしまった。 今回は逆側のミカゲ沢ノ頭北西尾根側から、径路を探して地蔵尾根まで歩いてみた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2008/08/10 23:00
岩水沢から蛭ヶ岳西面探訪
雨で山へ行けないときは近くの図書館に出向くことが多いのだが、先日、何気なくながめていた丹沢関連の本に、丹沢の草分けの一人、坂本光雄氏の「神之川略図」という概略地図が載っているのを目にした。 それは、昭和10年発刊の「ハイキング」に掲載されたものを縮小し、転記した目立たない図なのだが、神ノ川流域の尾根や沢の当時の呼称などが記されていて非常に興味深い。 さらによくみていると、地蔵尾根とミカゲ沢ノ頭北西尾根を結び、蛭ヶ岳山頂を踏まずに西面をトラバースする径路が破線で示されている。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 7

2008/07/06 21:00
オバケ径路
上ノ丸の西側の鞍部から長尾尾根北側の山腹をほぼ水平にトラバースし、オバケ沢に至っていた“オバケ径路”をたどってみることにした。 ここは二度歩いたことがあるのだが、一度目は天候が悪化、二度目は日没がせまってきたため途中でルートを変更し、いずれもオバケ沢にたどりついていない。 ずっと不完全燃焼のままでいたのだが、きょうはあきらめずにオバケ沢までたどってみるつもりである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2008/04/20 21:00
鷹ノ巣径路
天王寺峠から北面をトラバースして塩水川流域ワサビ沢出合に至るルートがあったことを知り、古い地図を確認してみた。 たしかにルートが描かれている。 興味が湧いてきたので少し調べてみると、この径路は“鷹ノ巣径路”と呼ばれ、札掛方面から本谷川を越えて塩水川流域にはいるためのルートだったようだ。 昔、天王寺付近にはマッチ工場やキョウギツギ工場があったということも知り驚きだが、それらは大正12年の震災で崩壊してしまい、唯一ワサビ沢の入口に石垣のなごりが残っているだけということだ。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 19

2008/04/06 21:00
キュウハ沢から丹沢山
キュウハ沢の下流堰堤群の片隅に戦闘機エンジンの慰霊碑があることはよく知られている。 しかし、キュウハ沢の中流域にもう一基のエンジンが水にさらされたまま、いまだに原型をとどめ存在していることを知る人は少ないだろう。 きょうはキュウハ沢の遡行を楽しみながらそのエンジンの存在を確認し、そのあとは丹沢山まで登ってみようと思う。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 10

2008/03/30 02:00
檜岳北面径路から玄倉林道へ
雨山と檜岳の鞍部から北側斜面をトラバースして山神峠に至る径路があったということをdnさんから教えてもらった。 今はもう廃道となり、歩かれることのない径なので荒廃してしまっていることは間違いないだろうが、径路があったのがわかった以上、行ってみなくては気がすまない性分である。 その後のことは気の向くまま、好奇心にまかせて歩いてくることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2008/01/05 13:00
玄倉の前尊仏
丹沢湖の東のはずれ、玄倉バス停をすぎ玄倉林道にはいるとすぐに玄倉第一発電所がある。 その発電所上部の斜面中腹、発電用放水管のすぐ脇にある岩塔が玄倉の守護岩で“前尊仏”であったらしい。 第一発電所の建設の際には発破により一部破壊されたようだが、岩盤が固く粉砕を免れたということである。 対岸から目を凝らして発電所上部の放水管脇を見ると確認することができ、その存在は以前より知っていたが近くまでは行ったことがなかった。 きょうはその玄倉の前尊仏を訪れて見ることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2007/12/23 09:30
平石沢から“黒岩”探訪
前々から気になりながら、なかなか訪問できずにいた“黒岩”を探訪してきた。 大室山から東の鐘撞山へむかう山梨県との県境尾根の神奈川県側斜面にあり、神ノ川林道日陰沢橋付近からもよく見える独立した岩峰である。 黒岩の近くまでは登山道からではなく、長者舎の前に流れ込む平石沢の右俣を遡行してみた。 そしてきょうは貴重な体験もした。 人のあまり好まない場所を歩いているといろいろなことに出会い、もちろんそれは楽しみの一つなのだが、きょうは一番遭いたくなかったものに沢の中で遭遇してしまった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 16

2007/09/15 12:00
幻の花“サガミジョウロウホトトギス”
丹沢のごく一部の限られた地域にのみ分布する花に“サガミジョウロウホトトギス”がある。 あまり人の踏み入らない深山の沢沿いの岩壁にひっそりと黄色の可憐な花を下垂し、開花季も9月の上旬の短い間ともなれば目にするのも難しい。 一時期心ない人たちによって園芸用に採取、盗掘され、個体数も激減してしまったということだ。 神奈川県の希少な固有種だが、現在は絶滅危惧種としてレッドデータブックに記載されている。 きょうは、そんな幻の花を追ってみた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 6

2007/09/09 08:30
神山滝から頭高山、そして渋沢鉱山跡へ
きょうは午後までのちょっとした時間を利用して里の山を散策してきた。 松田町にある神山滝(こうやまだき)から頭高山(ずっこうやま)に登り、秦野市峠地区にあった渋沢鉱山跡を訪問して戻ってくる2、3時間コースである。 国道246号を松田町方面にむかい、渋沢をすぎて坂を下っていくと前方に見えてくる丸くこんもりとした山が頭高山である。 蛇塚(じゃづか)の信号を左折し、小田急線の踏切を渡って線路沿いを走ると、やがて秦野市から松田町にかわる。 その境にあるホテルを通り過ぎ、駐車できるスペースに車を置く... ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 2

2007/06/16 12:00
コイワザクラ咲く尊仏岩跡と「尊仏祭」
先頃、塔ノ岳の尊仏岩跡を探訪したとき尊仏山荘にお世話になった。 その時、5月の尊仏祭の頃には尊仏岩のまわりはコイワザクラが咲き、綺麗だと聞いていた。 本来5月15日が祭礼なのだが、15日が平日の時は日曜日に行っているとのことだ。 都合もよく、ちょうど尊仏祭と尊仏岩のコイワザクラを一度は見てみたいと思っていたところだったのでさっそく行って見ることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 11

2007/05/14 00:25
「みやま新道」再探訪
先週探訪したばかりの箒杉沢から丹沢山への登攀ルート「みやま新道」だが、家にもどってからも、どうもすっきりとしない。いくら現在訪れる者もなく、廃道となってから年月がたったとはいえ、何かしら痕跡が残っていてもよいはずだ。それに自分のたどった尾根も釈然としない。今週は別な所を歩く予定でいたが納得できず、ふたたび確認にでかけることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 11

2007/04/12 20:07
鍋割峠を越えて「みやま新道」へ
丹沢の第一人者である、奥野幸道さんの「丹沢資料コレクション」を入手することができた。 昔の丹沢を知らない者にとっては興味深い内容の資料である。 その中のひとつに、昭和42年に調査記録された、箒杉沢からの丹沢山への登攀ルートが 「みやま新道」として収録されていた。 40年前の記録なので、すでに地形が変わってしまい、径路が残っているかどうかわからない。しかし、奥野氏の詳細な手書きのルート図は非常に興味をそそられ、確認に行ってみないわけにはいかなかった。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2007/04/07 14:30
塔ノ岳の「尊仏岩跡」探し その2
昨年の12月、かつて塔ノ岳にあった尊仏岩の跡を探してみようと試みたが見つけることができなかった。 その後、もう一度塔ノ岳を訪れた際、探してみたものの、今年の冬がいくら雪が少ないとはいえ、さすがに北側の斜面には雪が積もり、探しだすのは困難だった。 春になり雪解けを待って再チャレンジに出かけた。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 4

2007/03/29 21:00
玄倉川の鉱山跡
東沢の信玄の隠し金山を探し当てたあと、女郎小屋ノ頭まで行って女郎小屋乗越を東沢にくだってみようかと思っていた。 しかし達成感からか、気を張った山歩きが面倒になってしまった。 こんな時、山を歩くと、ろくなことがない。 きょうはもう山歩きはやめにして、玄倉川本流にあるという鉱山跡を探してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック / コメント

2007/02/22 22:22
東沢の「信玄の隠し金山」
信玄の隠し金山の伝承の中で、東沢にあったとされる金山が一番信憑性があるようだ。 武田信玄の時代に発見されていたものを、昭和30年代にあらためて採掘していたらしい。 しかし、実際には金は出なかったようである。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 5

2007/02/21 22:02
大石山からモチコシ沢の鉱山跡を探る
西丹沢には武田信玄に関する言い伝えが多く、その中のひとつに「信玄の隠し金山」の伝承がある。今回はその夢とロマンを追ってみた。 信玄の隠し金山が本当にあったかどうかは別として、その伝説をもとに金鉱を掘り当てようとしていた者がいたのも確かなようである。そして丹沢にはかつていくつかの鉱山があったようだ。 今回はその中でも、山奥にあり、みつけだすのが困難な、玄倉の東沢中流域にあった鉱山とモチコシ沢源頭部の鉱山跡を探してみることにした。 ...続きを見る

トラックバック 0 / コメント 8

2007/02/16 07:46

トップへ | みんなの「探訪」ブログ

イガイガの丹沢放浪記 探訪のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる