物見峠、一ノ沢峠を越え太郎スギ、次郎スギへ

丹沢が御林(おはやし)といわれた江戸幕府の天領だった当時、樹木の伐採は厳しく禁じられ、盗伐の監視を近隣の山村が命じられていた。見廻りは当番制で、山守にあたった村はおもに宮ヶ瀬村、煤ヶ谷村、寺山村、そして年代によっては菩提村や横野村、七沢村なども担当していたようである。
きょうは物見峠を越えて物見沢沿いをすすみ、一ノ沢峠から札掛へ至る、かつての煤ヶ谷村からの見廻りルートを歩き、一ノ沢にある太郎スギと次郎スギを再訪してみた。

水ノ尻日蔭(平成の森)[6:25]…三峰山ハイキングコース[6:57]…物見峠分岐[7:14]…物見峠[7:36]…物見沢沿い廃道…太鼓石[8:06]…丸淵[8:23]…ちょっとミスルート…黒岩[9:10]…唐沢林道火打橋[9:20]…一ノ沢峠[9:35]…太郎スギ・次郎杉へ寄り道…物見公園橋[10:48]…布川右岸径路で札掛橋[11:08]…布川の右岸斜面ウロチョロ…大山北尾根・752[12:33]…600m鞍部から唐沢林道[13:06]…後八丁…八丁径路[14:32]…水ノ尻沢日蔭[15:20]

煤ヶ谷の正往寺から続いていた当時の御林見廻り径路は、現在三峰山のハイキングコースになっているが駐車の都合上、水ノ尻沢右岸「平成の森」からショートカットして登山道に合流物見峠への分岐を右に回り込んで山腹の水平路をいく。途中にザレ場が数箇所あって荒れていた径路だが、最近少し手が入ったようで以前よりも歩きやすくなっていた。
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物見峠を乗っ越す径路は崩落がひどく今は廃道あつかい、整備されずにほったらかしのままだ。
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わずかに残る道形をたどっても斜面は崩落、桟道は落ちて単なる投棄物だ。
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「太鼓石」といわれた大石。太鼓っぽく見えるのは上流からのアングルだけ。
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沢の横断地点の桟道も落ちている。
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深淵復活の「丸淵」、土砂に埋もれた10年前、あのときの徒労がなつかしい…
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斜面崩落による左岸径路の寸断地点、補助トラロープで横断クリア。
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「黒岩」に到着。いまだにこの名前の由来が分からない。
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黒岩で対岸に渡り、唐沢林道に上がる径路の補修作業が行われていた。
個人的には歩きやすくなるので助かるが、物見沢沿いの径路が荒れたまま見捨てられているのに
なんで今さらココって感じ、この修復工事、本当に必要なのかな…
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唐沢林道にあがったら横断するように火打橋の横の階段に取り付き一ノ沢峠へ。
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一ノ沢から札掛周辺、現在も札掛考証林として守られている原生の森なので、御林時代から守られてきた巨木を多数みることができる。一ノ沢に人知れずそびえ立つ太郎スギと次郎スギもそんな巨木だが、以前このブログで紹介したとき、写真を間違え逆に掲載してしまった。ご指摘をいただきすでに訂正済みだが、そのこともあって今回あらためて訪れてみた。

 太郎スギ                              次郎スギ
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もちろん、今回の訪問ルートは遠回りもはなはだしく、丹沢林道(現・県道70号)がまだない当時、煤ヶ谷からのアプローチで、今は県道から30分ほどで行ける場所である。

ここからは簡略、写真は札掛橋近くの四阿(あずまや)
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え~と、どこをみているのかな…、たぶん鍋嵐の方角
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大山北尾根の・752付近
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600m鞍部から北東に進んで唐沢林道に降りテクテク歩いて後八丁から八丁径路へ
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帰りに歩いた後八丁から八丁径路に至るルート、尾根伝いにたどったので一部ナイフエッジのようなヤセ尾根あり。あとで調べてみると、三峰山ハイキングコースの山ノ神あたりから西の熊谷ノ沢沿いに径路があったようで、なるほどここなら比較的ラクに歩けそうだ。
この径路の現状がどうなのか分からないが、いずれそのうち確かめに歩いてみよう。

《今回のルート図》

 2019.3.13(水)

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