イガイガの丹沢放浪記

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zoom RSS マッコ小屋沢から榛ノ木丸、そして清源寺へ

<<   作成日時 : 2016/11/12 23:00   >>

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マッコ小屋沢を詰め、メルヘンチックな清源寺の原にでるつもりが途中で心変わり、750m滝場の右岸から斜面に取り付き、榛ノ木丸へ登ることになった。榛ノ木丸からは尾根伝いを北西に進み、1320m西側の掘割から清源寺を目指してトラバース開始、思っていた以上に順調でうまいことたどりつくことができた。
帰り道は、マッコ小屋沢左岸に続く明瞭な仕事道をたどっていけば迷うことなどないのだが、なんでもない奥野林道まで降りてきてから二度も大ボケこいてウロウロ、ああ情けない。

  ■榛ノ木丸へ登った尾根(写真中央)
早戸川林道(蛙沢堰堤右岸)[7:15]…早戸川下降[7:24]…マッコ小屋沢出合[7:49]…アレ沢分岐[8:40]…三連ドラム缶[10:00]…榛ノ木丸へ右岸に取り付く[10:20]…1290m[12:10/12:35]…榛ノ木丸[12:40]…掘割[13:13]…1310m付近トラバース…清源寺[14:17]…マッコ小屋沢左岸仕事道[14;30]…アレ沢[15:24]…奥野林道[15:44]…早戸川への下降路見逃す…早戸川下降路[16:14]…駐車地[16:45]

早戸川林道の蛙沢堰堤横のスペースに車を止め出発。
きょうは、マッコ小屋沢は初めてという、はっぴーさんが一緒である。
林道を少し戻って大平への下降ルートで早戸川へ、古い道標はかろうじて健在だった。

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マッコ小屋沢の出合は、下降した地点の少し上流側になる。
膝まで濡らしながら、早瀬を徒渉し垂壁に囲まれた早戸川をさかのぼっていく。

マッコ小屋沢の出合からは連瀑で釜は意外に深い。
その上に続いている中段の滝も立っているので登れそうにない。
濡れずに突破するのは難しそうだ。

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ここは無理せず右から巻き上がり、しばらく尾根筋をたどってから沢にもどる。
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水量豊富なゴーロを乗り越えながら沢の中を進んでいくと、
やがてアレ沢を右に分け、マッコ小屋沢は左に大きく湾曲しながら続いていく。
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長年の激流を耐え忍び、過酷な沢の中に根を張り頑張る木たち。

 カツラ                               サワグルミ
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大岩がゴロゴロするマッコ小屋沢、乗り越えるだけで結構くたびれる。
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正面に20mほどの滝が見えてくるとマッコ小屋沢は大きく右に曲がり滝場となる。
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左岸には三連ドラム缶、大平にあったキャンプ場の取水施設かな。
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そして、この滝の右岸に取り付き、榛ノ木丸への尾根に乗り登っていく。
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取付きは悪かったが、しばらく我慢して急登をこなしていくと、雰囲気のあるよい尾根になった。
標高差およそ500mを、エッチラオッチラ登っていく。
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1290mピークに到着。
例年にくらべれば今年は明らかに外れ年、紅葉はあまりパッとしない。
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榛ノ木丸にハンノキはあるのかな?
探してみるとありました。ヤマハンノキです。
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休憩後、榛ノ木丸を北西に進み、1320mの標高点西側、堀割状にえぐれたところからトラバースを開始する。
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標高1310mを大きく外さないようキープしながら、姫次の東側中腹をトラバースしていく。
径路とまでは言い難いが踏跡程度の小径がずっと続き、思っていた以上に歩けるところだ。
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マッコ小屋沢上流の笹ノ沢源頭付近も、ここしかないという絶妙なところを横断している。
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八丁坂ノ頭の東側の斜面あたりからは踏跡もあやしくなり、
アザミやノイバラの容赦ないトゲトゲ攻撃に閉口しながらも、掻き分け進んでいく。
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トゲトゲに追われ、最後は少し高めにでてしまったが無事、清源寺にたどりついた。
メルヘンですねぇ〜
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日が落ちるのが早いので、あまりゆっくりしてはいられない。
帰りは、マッコ小屋沢左岸上部に続く明瞭な仕事道をたどっていく。
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歩きやすく分かりやすい径路なので、快調にくだって、アレ沢の右岸に降りてきた。

画像ここまでくればもう安全圏。

アレ沢の堰堤を横切って
対岸の奥野林道にあがり、
大平から早戸川に下降して
早戸川林道に登り返せば、
何てことなく
車に戻れたはずなのに…

アレ沢の対岸に渡れば、そこに奥野林道があるはずと思って斜面を登ったらない。
当然あると思いこんで取り付いたのがいけなかった。
実はもう一つ下の堰堤までいってから取り付けば、素直に林道に上がれたのに手前から取り付いてしまった。
おかげで余計な体力を使い、しなくてもよい斜面登りとトラバースを強いられた。

ただでさえヘロヘロなのに輪をかけてヘロヘロ。
でも、あとひと踏ん張りすれば戻れるさと甘い考えで気がゆるみ、
見逃すはずがない早戸川への下降路を見事にスルーしてしまった。
大平の雨量観測小屋の先だったと思い違いしていたのも要因、呑気に通りすぎ、
井戸沢の水場まできてからようやく気がついた。

やばい はっぴーさんの目が釣りあがっていくのを感じながらさりげなくUターン、
もうこれ以上の失態はゆるされない。
さすがに今度は見逃さず、早戸川まで一気に下って早戸川林道に登り返し、
何とかギリギリ暗くなる前に車に戻って来られた。

最近は、なにかと最後に試練が待っているなぁと反省しきり、
油断せず、最後まで気を引き締めなくちゃ〜ね。

 2016.11.12(土)

《今回のルート図》

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
寒くなってからのゴーロの沢遡行は労力と時間がかかり
思ったように歩けませんね。

最後にとんだ落とし穴 二つ。
一難去ると気がゆるみますが、
最後まで気を抜いちゃいけないって、
イマシメが最近多いかも(;;)

そういえば「目が釣りあがって」っていうの、
以前も似たようなこと、書いてましたよね。
あれは「目が三角」でしたっけ??
トンチンカンでも話題になって、
からかわれた記憶ありですが、
記事を探しても見つかりませんでした。
はっぴー
2016/11/15 20:13
( ̄△ ̄;)ムムッ!  (`ヘ´) プンプン!!..
ありましたね以前もこんなの・・・
てかしょっちゅう?(笑)

まっこれもイガイガワールドってことでご容赦(*^^*)
イガイガ
2016/11/15 21:23
イガイガさん
お疲れ様です。(^^);
流石に拘りのイ師は「カバの原」なんて言葉は
一切使わず「清源寺」ですか‥。何でもアリの
私は俗称でも、勝手な造語でも気にいるとそれを
専ら使ってしまいます。これが「品位と権威」の
差なんでしょうね〜! ところで清源寺とは寺に
関わる何かがあったんでしょうか?
奥野林道からアレ沢左岸を下降して往路の
渡渉点で戻る案は始めから無かったのですか?
今は雨量観測所下の旧経路入口の案内、マーク、
踏跡‥、何もなく分りづらいですね。
M-K
2016/11/16 01:32
М-Kさん、「カバの原」でもいいんですけど、どちらかと言えばテンニン草の蒲の穂「ガマの原」ですよね。
それはともかく、はっきりした場所は分かりませんが、その昔、清源寺(清玄寺)という寺があったそうです。今はほとんど聞きませんが、土地の人はあのあたりのことをセイゲンジと言っていたようです。マッコ小屋沢源流の清い源の寺なんて、なんかピッタリじゃないですか。
イガイガ
2016/11/16 01:50
イ師匠 マッコ・デラックスな旅(二度の道まちがい付き)おつかれさまです。
加藤弘次さんという県林務課の方が、関東大震災直後の大正末期、鳥屋に赴任して荒廃地復旧に尽力された、という記録があります。その事務所兼自宅に「清新寺」を間借りしたっぽいです(「神奈川県林業史」1971)。この「清新寺」を前に調べたのですが現存しないっぽいです(泣)。でも「清源寺」と無関係に思えない気がしてまいりました。
TI-AEK27
2016/11/16 23:28
イ師匠 たびたび恐縮です。
「清新寺」は誤植で「清真寺」かもしれませんね。
獅子舞を伝える由緒あるお寺さんのようです↓
http://www2u.biglobe.ne.jp/~shgkj-hk/reijou-40.htm
http://www.nponia.com/page14-toyanosisimai.htm
http://members.jcom.home.ne.jp/nicepar-kaz90/banngai15/index.htm
鳥屋財産区に聞けば一発でわかるかもしれませんねえ。
うーん、林業関係のお友達がほしい。。
TI-AEK27
2016/11/16 23:52
“震災とハカセは忘れた頃にやってくる”と申しまして、お久しぶりです。
いつもマニアック情報ありがとうございます。

鳥屋の清真寺、あそこにあるお寺ですね。青野原方面に抜けるときしょっちゅう前を通ってますね。今度、折をみて立ち寄ってみます。
新編相模國風土記稿の鳥屋村の項を見たら「清眞寺 鳥岳山と號す、天台宗武州多磨郡高月村圓通寺末寺 開山圓眞永正五年寂月日知れず 本尊阿彌陀」と紹介してありました。
清源寺があったとされるのはマッコ小屋沢源流付近セイゲンジ沢の名前が残るあたりなので、清真寺とは関係なさそうですよ。
イガイガ
2016/11/17 07:12
イ師匠 畏れ入ります<(_ _)>
鳥屋中学校の隣の名刹ですね。

そういえばMSHK師の
http://lucita.blog.so-net.ne.jp/2016-11-02#more
の写真の碑に
「鳥屋村奥山字伝道」
と刻まれていますが、「伝道」は天台宗っぽい気もします。
(「電動」小屋説はこの大正8年の石碑で否定されますですね)
やっぱりこの近辺は天台宗清真寺に関係が深いかも!?
TI-AEK27
2016/11/17 07:49
ん?「伝道」と「天台宗」って何か関係あるんですか?

現地の山中でときどき見かける猟区の図には「伝導」となってるのもありますね。
イガイガ
2016/11/17 09:05
イ師匠 連夜にしゃしゃり出まして恐縮です<(_ _)>

「鳥屋村奥山字伝道」のような深山に入り込むのは
「修験道」の密教系の天台か真言じゃないでしょうか?
このうち鳥屋にあるのは天台の清真寺のみらしいです↓
http://www.tesshow.jp/kanagawa/sagamihara/temple_index.html
「伝道」は布教の一般用語ですが、天台ではとくに
○○教区「伝道師」という呼び方があるらしいです↓
http://www.tendaisaitama.jp/event/intro_1470624129.html
セイゲンジ地区に何らかの施設があったとすると
そこへの道はまさしく「伝道」の名にふさわしいかと
憶測します。

大山には先「導」師(御師)がおられたようですが
https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/kyoudo_archives/ooyama/sanno_univ/know/history/20160217_194301.html
雨降山大山寺は真言ですね↓
http://www.tesshow.jp/kanagawa/isehara/temple_oyama_oyama.html
修験道的にはあまり区別はなかったかもしれませんが。
TI-AEK27
2016/11/18 07:32
さすがググりの達人、深夜の出没マニアック情報お待ちしてます。

(TI-AEK27氏、なぜかコメント欄に内容が反映されていなかったのでこちらで再掲載しました。投稿時間が違うのはそのためです。正2016/11/17 23:51)
イガイガ
2016/11/18 07:42

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